Aqua~プロフィール

小さい頃は猿でした

当たる電話占い体験談

 

両親と姉の4人暮らしで、赤ちゃんの頃はよく眠ってました。
親が心配して呼吸を確かめに来るぐらいよく寝ていました。

姉はよく熱を出して病院に行っていたので、私は大人しく一人で寝ていました。
ってゆうか眠れればどうでも良かったんだと思います。
枕元に置いてあるヤクルトを歯でかみ切って飲み干しては寝ていました。
お陰で母親よりも大きい顔に育ちました(笑)

2つ上の姉が保育園に行っている間、私の遊び相手は鉄棒でした。
逆上がり、足掛け周り、両足周り。ご飯と寝るとき以外は鉄棒の上で過ごしていた猿です。

たまに隣のおじさんとおばさんのとこに遊びに行きました。
おじさんはめちゃくちゃ可愛がってくれました。
その頃から親父キラーの片鱗がありました。

この頃は(多分、3歳になっていない頃)毎日をただ楽しい事して過ごしてました。

私の変化はその後、父親の実家に一家で引っ越しをしました。
あんまり覚えていないけど、母親が窮屈に暮らしているのは感じていたんだと思います。

そして今までとは違う近所のおばちゃん、おじちゃんの目。
今から考えても意地悪ばあさんが固まっていたような地域でした。
(その中のボスが我が家のばあちゃんでした)

その頃は嫁姑問題が圧倒的母親不利の状況で続いていたので、
火種になる私と姉は母親の有益になれるように無意識に選択しながら生きていたんじゃないかなと思っています。

だから、小さい頃より「自分の価値」についてはいつも考えていました。
当時なので、価値なんて言葉じゃなく、”自分が相手にとって居ていいと思えること”をしようと相手に合わせていました。

この相手とは家庭であればボスのばあちゃん。
行く先々で相手が変わります。
大変だったと思いますが、その時はそのやり方しか知らなかったので、大変とも不思議とも思いませんでした。

「人に気を使わせない」
「相手の価値に自分を合わせる」

この性格は親でも周りの影響でもなく、自分で決めて作った性格です。

無意識にしていた事とはいえ、相手に合わせるってこれほど苦痛なことないです。
その時々で演じ分けないといけないので、いつでも女優です。

そしてその人の望む形を予想して、先回りして演じ続けるんです。

ネガティブ人間の完成

初めは苦痛に感じなかった事が「自分の意見がある」ことに気付いたら、
悲劇です。やめたくても、ほかの方法を知らない。
だから、たまにプチっとキレる。
キレることを批判する自分もいたものだから、私の思考はカオスでした。

”人に迷惑かけちゃいけない”
と刷り込まれて育ったので、自分の存在自体が邪魔なんだなと思っていました。

 

当たる電話占い体験談

 

こんな思いが底辺にあるもんだから、学生時代にはネガティブ人間の完成です。

スポーツが得意だったし、いつも笑っていたので、あまり周りからは思われていなかったですが、
ネガティブ思考のヲタク人間です。

あっ、でもネガティブ思考が悪いとは思っていないです。
今でもネガティブですし、ポジティブをウザいと思っています。

ネガティブは底辺なのでそれ以上、下に落ちようがないんです。

生きていて楽しい事あるのかな

死にたい訳ではないけれど、生きたい訳でもない。
ただ、どちらでもない状態で生きている。

これ続けていると飽きるんですよ。

なので、今よりも楽しい事したいなと思ってスピリチャルな世界を学び始めました。

スピリチュアルって不思議な世界はツボに入りました。

・人は目的をもって生まれてきた
・運命とは既に定められたもので変えられないもの
・死はなくただ魂が転生するだけ

潜在意識を知るうちに「自分でも潜在意識の中にある思い込みを書き換えできないのか」
と思ってヒーリングを学びました。

初めは自分の為に

次に周りの人の為に

次にお客さまに

自分や相手の中の思い込みが外れるたびに「凄いことなんだろうな」と思いました。
が、学んでいたヒーリングの世界でも”常識”があることに違和感がありました。

・昔から続けているヒーリングのセラピストは偉い
・創始者が言ったことじゃないと間違っている
・あのヒーラーは本物じゃない

「良い・悪いがない世界なのになんでだろう?」

ヒーリングをやって取り除いてきた「価値」の違和感をここでも感じるようになりました。
数年前にヒーリングは趣味程度に留めて、今は電話占いマニアをしています。

「違和感を感じたのになんで電話占いなの?」と思うかも知れませんが、好きなんですよね。
自分がどうにかしたいと思った時に助けてもらうドラえもんのような感じです。
(のび太みたいに依存はしませんが)

占い師の目線で意見を言ってもらうとその時々で「はっ」と気づくことがあるんです。
これは一人だと気付けません。

価値はなに?

実は価値はないと思っています。
何もない。

自分の価値があると信じると価値のある未来の自分と価値のない今の自分を創り出してしまいます。
「価値のある自分」←未来の自分
「価値のない自分」←現在の自分

これが憧れです。
そして現在を批判・否定するから余計未来と現在に差が出てきてしまいます。

そもそも、そんな価値なんてないと思っています。
価値のある人間なんて、そのもの自体がないからならなくていいんです。

今現在、自分がどうなりたいか?何が譲れないものか?

これだけのように思います。

・憧れる未来を生きる
(叶ってほしくない未来を生きる)

・楽しかった過去を生きる
(憎しみのある過去を生きる)

こんなものはない、それ自体がないと思えば自然と今に生きれるような気がします。